
写真と陶芸、そのあわいで――まだ、知らない

作家やデザイナーが喜びを感じながら創った美しい「もの」には、作り手の喜びが染み込み、使い手へその喜びを共感させる幸せな力があると思います。このインタビュー企画では、作り手が感じた創作の喜びを聞かせてもらい、使い手の皆さんに喜びに満ちた美しさを感じていただければと思います。
語り:Sai
まだ、知らない──この言葉は、2020 年に始めた「写真 × 陶芸」を動かし続けている感覚そのものです。フィルムで一瞬を定着させる行為と、何週間もかけて土を成形し焼き上げる行為。工程も時間軸も、使う筋肉も脳の回路もまったく異なる二つのものづくりが、互いにどこへ連れて行ってくれるのかを追いかけています。
写真が土に投げかける影響もあれば、作陶がレンズの向き先を変えることもある――その相互作用が、自分の中の「まだわからないもの」を次々と呼び覚まし、時に混乱し、時に歓喜し、また悩む。その揺らぎこそが続ける理由なのかもしれません。完成した作品が誰かの手に渡るたび、自分でも知らなかった自分の一部が外へ出ていくようで、ただそのプロセスを味わい、享受したいと思っています。
工房にこもれば視線は手元ばかりになりますが、ある瞬間ふいに、目に収まりきらない広さを求めて旅に出たくなる。アイスランドで出会った風景は、そんな衝動に応えてくれた例です。世界には私がまだ見ぬ景色と質感が無数にあり、それらがいつか土の肌理やフィルムの粒子に溶け込むかもしれない――その期待とともに本展を開きます。
会場には、現地で撮影した写真と、それに触発されて焼いた陶器とを並べました。作品解説はほとんど置いていません。どうか「わからないまま」に佇み、写真と器のあいだを行き来しながら、ご自身の“まだ、知らない”を探しに来てください。

フィルムがくれた再出発
大学では工芸工業デザインに所属していました。ガラス専攻になる前のプラスチック専攻で、素材の可塑性に魅せられていました。制作課題をこなすうちに造形と印刷が交差するグラフィックデザインにも惹かれ、卒業後は雑誌のデザイン事務所に入りました。ところが深夜まで続く編集作業で体を壊し、いったん休まざるを得なくなりました。そのとき手もとに残っていたのが、学生時代から使っていたフィルムカメラでした。休養中、モノクロで街や友人を撮り続け、焼いたプリントを抱えて出版社やデザイン事務所を回ったことが、写真家としての始まりでした。

そのころから私は、フィルム特有の細かな粒子感に強く惹かれていました。そこには、物質同士の輪郭がにじみ合いながら溶け込んでいく──まさに“境界”そのものを映し出す質感があったのです。それは、人と人が同じ空間で静かに溶け合う感覚にも重なり、ずっと頭の片隅にあり続けてきました。
音がサラウンドで聞えてくる写真

私が撮影のたびに確かめているのは、「写真から音がサラウンドで聞えてくるか」という点です。海を撮れば、遠くで走る車の音まで映り込んでいるか。室内で人物を撮れば、カーテンが揺れるわずかな気配まで感じ取れるか。被写体の背後に漂う空気を写し取れているかどうかが、私なりの基準になっています。
人物でも風景でも、ひとを風景の一部として捉える感覚は変わりません。アイドルグループの撮影現場で「決まった笑顔」を止めたとき、被写体と背景の距離感や関係性が変わり、ページ全体に小さな物語が生まれました。映画の中の一場面のような、見る人が無理なく受け入れられる自然さを大切にしています。
土と出会い、写真と陶芸を行き交う
2018 年、友人宅の隣にできた陶芸教室にふらっと立ち寄ったのが、土との最初の出会いです。土の感触と、釉薬を初めて手でかき混ぜた瞬間の滑らかで冷たくて何とも言えない感覚が、身体中に伝わってきました。写真は光と影を定着させることはできても、“手に残る質量”までは届けてくれません。一か月後、中古のろくろを手に入れ、寝室で土をこねる生活が始まっていました。




陶芸は、窯を開けるまで結果が見えません。釉薬が流れ、境界が揺らぎ、予想外の表情が現れます。水平垂直を計算できる写真とは違い、その偶然を受け止める時間が新鮮でした。
私にとって、写真は「外にあるものを受け取る行為」、陶芸は「内にあるものを表出する行為」です。写真は一瞬で定着しますが、陶芸は焼成まで時間がかかり、そのあいだに考えも作品も少しずつ変わります。それでも両方に共通しているのが、粒子と境目への興味です。フィルムの粒子を愛でてきた延長で、土のざらつきや釉薬の流れにも強く惹かれるようになりました。写真の色味を釉調に置き換えたり、器の肌理をヒントにレンズを向けたりしながら、私は二つのメディアを行き来しています。




陶芸の世界は果てしない──それでも、写真に向き合ってきた時間があるからこそ、私はその果てなき道のなかに進むべき筋を見出せるかも、と期待しています。
これからも、未知の景色と未知の質感を探す旅は続きます。窯を開ける高揚とシャッターを切る緊張──そのあわいで立ち上がる「まだ、知らない」瞬間を、少しでも伝えられればと思っています。
展示会情報
展示名:まだ知らないもの 展
会期:2025/07/17〜2025/08/12
場所:lagom
住所:〒389-0207 長野県北佐久郡御代田町大字馬瀬口1794-1(MMoP内)