
暮らしの中の舞台──デザイナーが紡ぐ5脚の物語

作家やデザイナーが喜びを感じながら創った美しい「もの」には、作り手の喜びが染み込み、使い手へその喜びを共感させる幸せな力があると思います。このインタビュー企画では、作り手が感じた創作の喜びを聞かせてもらい、使い手の皆さんに喜びに満ちた美しさを感じていただければと思います。
家具ってただの道具じゃなく、人がそこに座り、集い、想いを紡ぐことで新しい物語が生まれる存在だと思います。今回の記事では、舞台芸術のために生まれたものから、友人と協力して作り上げたもの、さらに職人さんの技を活かしたものまで、私がデザインを手がけた椅子たちをご紹介します。
【めまい】——舞台芸術から生まれた二重人格の椅子

実はこの「めまい」という椅子、もともとは商品開発用に作ったわけではないんです。舞台美術の依頼でデザインしたのが最初でした。私は20年近く、年に1回ほどNoism(ノイズム:https://noism.jp/)という舞踊団カンパニーの舞台美術を手がけていて、そこから「ヒッチコックの映画『めまい』や、原作であるフランスの小説『死者の中から』を題材にした舞台のためのダイニングチェアやスツール、テーブルを作れないか」という話をいただいたんです。
その原作は、殺人事件や刑事の話が主軸なんですが、単なる謎解きではなく「一人の女性が他人になりすまして、その女性に刑事が恋をする」という二重人格のストーリーが展開されます。Noismの代表・金森さんがよく言う「演劇は演者がいけにえとなって他者を表現するものだ」という考え方にも通じる部分があって、「自己ではない他者」として存在することを家具で表現できないかと思案しました。




そこで生まれたのが「1つの椅子が2つに分かれていく」というアイデア。二脚を重ねると完全に一脚にしか見えないデザインです。「重なっているときは1つの人格に見えるけれど、実はもう1つの人格を内包している」という構造が、舞台のテーマともリンクしているんです。2つの椅子を重ねる際にずれないよう、高さ・幅・奥行きなど、細かい調整を何度も繰り返しました。ずれたりはみ出たりすると一体感が失われてしまうので、とても神経を使った作品ですね。
*この椅子は、りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館を拠点に活動するNoism Company Niigataが、SCOTサマー·シーズン2024にて上演した作品『めまい』の舞台美術としてデザインされたものです。
Noism Company Niigata(https://noism.jp/)
SCOTサマー·シーズン2024『めまい~死者の中から』演出振付:金森穣(https://noism.jp/works/vertigo-20240824/)
【KOJA Chair】——スウェーデンの相棒と生み出した「山小屋」イメージの椅子

次に紹介したいのが「KOJA Chair(小屋チェア)」です。実はスウェーデンの学生時代からの親友、スタファン・ホルム(Staffan Holm)と一緒に作り上げたもので、私にとっては特別な作品なんです。スウェーデン語の「KOJA」は日本語の「小屋」と同じ意味。軽井沢の山小屋をイメージしながらデザインを進めていきました。
この椅子は折りたたみ式で、コンセプトは“ダイニングを外に持ち出す”。普段は家の中でダイニングチェアとして使っていても、天気のいい日にはサッと折りたたんで車に積み、外でコーヒーを楽しむ…そんな使い方ができたらいいな、と。実際、軽井沢のように自然が豊かな場所では、バルコニーや庭先で楽しむ方もいらっしゃいますね。
イージーチェアでよく見かける“X”字構造を採用しながら、食事のときにちょうど良い座面の高さや背もたれの角度を追求したので、試作を重ねるたびに細かな寸法が変わっていきました。折りたたみ構造って、軸がちょっとズレるだけでも全体の座り心地がガラリと変わってしまうんです。最終的には、木工技術と縫製技術に定評のある家具メーカーさんと開発しました。




スタファンとは設計図のやり取りをスウェーデンと日本で続けていましたが、途中から一緒に旭川の工場に泊まり込みで作り込んで。学生時代にも授業に出ずに工場に入り浸っていた仲なので、久しぶりに同じ空気を感じながら製作できたのは本当に楽しかったですね。
【ボタンスツール】——手芸会社の女性オーナーをイメージした持ち歩けるスツール

この「ボタンスツール」は、ある手芸会社の女性オーナーさんのイメージが出発点でした。手芸といえば“糸”が大切なモチーフになりますよね。そこで、座面に“糸”を思わせるパーツをつけて、持ち手として機能するようにしました。まるで好きなバッグを持ち歩くように、“お気に入りのスツールも一緒に連れて行きたい”って思ってもらえたらいいな、と考えたんです。


木工のろくろ旋盤を使い、安曇野の「金澤図工」さんの職人技で仕上げています。座面も脚もすべて旋盤加工だけで作っている点が面白いところですね。脚の“ぬき(バッテン)”部分を半分に削って重ねるデザインは、糸が何本も重なり合うイメージを表現しているんです。メーカーさんを通すのではなく、あえてひとりの職人さんに頼んで、その方の得意技術を最大限活かしたいという思いもあって生まれた一品です。
【クラウドチェア】——ふわふわの雲に座るような極上の座り心地を目指して

「雲の上に座るような、人生でいちばん心地いい椅子を作りたい」——そんな思いから生まれたのが「クラウドチェア」です。子どもの頃、大人用の椅子にクッションを敷いてもらって、いつもより少し高い目線から世界を見るのが、なんだか特別だったあの感覚。そこにヒントを得たんです。




フェザーをたっぷり使ったふわふわのクッションが“雲”のイメージで、その雲を支える構造は細身の丸棒と紙紐だけ。こちらも安曇野の金澤図工さんに協力してもらい、どうにか見た目も機能もシンプルに落とし込むことにこだわりました。紙紐は和紙をよって作るスカスカの編み方を採用していて、空気を含むことで軽やかさを演出しています。重たい印象にならないよう、“ふわっと”仕上げるのがポイントでした。
【スツール “Lagom”】——自分にとって“ちょうどいい”をかたちにしたい

最後に紹介するのは『lagm(ラーゴム)』をテーマにしたダイニングチェアーです。スウェーデン語で“ちょうどいい塩梅”とか“心地いい”という意味がありますが、その名の通り、“ダイニングチェアとして必要最低限の機能を満たしながら、ほどよい座り心地とサイズ感”を目指しました。ご飯を食べるときってせいぜい1時間前後ですよね。その時間が快適で、なおかつ軽くて動かしやすい。そのあたりが私の考える“ちょうどいい”なんです。


実はこのダイニングチャーをデザインする前に脚の先がくるりと曲がったスツールを作りました。天地が逆になった状態で吊るされているスツールを眺めていたら、なんだかとっても魅了されしまったのは、使い道のなくなった壁に飾られた道具には機能と造形の因果関係がなくなって、単純に造形として美しいからなのか。それとも、役目が終わった道具に尊厳があるからなのか。
例えば、大きな木材を挽く鋸は、とても美しい形をしています。もし、購入したとしてもノコギリとして使うことはないのだけれど、その惹かれる理由を考えてみたりしました。
椅子も壁に吊るされた状態をスタートとしてデザインしてみたら、その答えがもしかしたらわかるかもしれないとデザインしてみたのがこの椅子です。
私が思い描く「椅子」と「暮らし」
こうして振り返ると、私の家具づくりは舞台芸術やスウェーデンでの学生時代の経験、大切な職人さんとの出会いなど、さまざまなストーリーが詰まっていると感じます。一脚の椅子から、わくわくするような風景や物語がどんどん広がっていく。それこそ、私がデザインをする理由かもしれません。
もし、実際にこれらの椅子を体験してみたいと思ってくださったら、ぜひお店にいらしてください。店内では、生地の手触りや木のぬくもりはもちろん、折りたたむ動きや組み合わさる姿など、写真では伝えきれない細部までご覧いただけます。ここでしか味わえない“特別な舞台”が、みなさんをお待ちしていますよ。