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幸せを織るクロマー──カンボジアの母たちと紡ぐ“輝く子ども”の物語

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「アート」は空間や心を彩り、新たな価値を生み出します。一方、「福祉」は支え合いの仕組みを築き、すべての人が自分らしく生きられる社会を目指します。この二つが重なり合うことで、より豊かで多様な「地域」が生まれます。

本記事では、5月23日(金)に〈lagom〉で開かれたトークイベントに登壇いただいたポンナレット代表の江波戸 玲子さんと、テキスタイルデザイナーの中村 夏実さんへのインタビューをまとめています。テーマは「アートと福祉と地域」。カンボジアでの幼児教育支援から始まった、クロマーづくりについてお話しいただきました。

話し手 | ポンナレット代表:江波戸 玲子さん(以下、江波戸)
話し手 | テキスタイルデザイナー:中村 夏実さん(以下、中村)
聞き手 | 一般社団法人konst代表理事・デザイナー:須長 檀(以下、須長)

活動の始まり――幼児教育支援から絣(かすり)の再生へ

ポンナレット代表の江波戸 玲子さん(左)と、テキスタイルデザイナーの中村 夏実さん(右)

江波戸「2000年ごろから、幼児教育を支援するカンボジアのNPOに参加していました。活動を続けるなかで痛感したのが、子どもたちが学校に通い続けるためには、母親が現金収入を得て自立できる環境が必要だということでした。もともと私は布や生地が大好きで、『この織物を活かせば、お母さんたちの収入源になるのではないか』と考えるようになったんです。そこで、NPOの活動と並行して、織物を通じた自立支援の事業を少しずつ始めるようになりました。」

江波戸「カンボジアには、『豪華な絹の絵絣(えがすり)』があります。お寺の天井布や祭礼衣装に用いられ、仏陀の物語を絵巻のように織り込むものもあって、世界の美術館が所蔵するほど価値が高いんです。」

江波戸「世界的にも評価されるほど素晴らしいけれど、ポル・ポト政権下で文化が消えかけて、技術を持つお年寄りは黙って隠れてしまったんです。でも内戦後に『実は自分、織れます』と名乗り出た方々がいて、若い人たちへ教え始めたところだったんです。」

中村「私が最初に手がけたのは、その絹絣の復刻のお手伝いでした。私の初仕事は完成品の検品――糸の乱れや柄ずれをチェックすること。でも“見るだけ”では物足りなくなり、6年後の2007年ごろ、『現場を自分の目で見たい』とカンボジアへ行ったんです。素晴らしさを再認識する一方で、高価すぎて地元では簡単に売れない現実も見えました。」

クロマーとの出会い――日常に根付くデザイン

江波戸「活動中、カンボジアに長く在住していた知人が昔の写真を見せてくれたんです。おじいちゃんもおばあちゃんも子どもも、首に巻いたりタオル代わりにしたり、赤ちゃんを抱くスリングにしたり……みんなチェック柄の布=クロマーを使っていました。“こんなに実用的で、誰もが日常的に使う布があるんだ”と知って、強く惹かれました。」

中村「私が初めて工房を手伝ったときも、棚の隅に2〜3枚だけ置き去りにされたクロマーを見つけて『これ、良いのに』と感じたんです。赤と白のチェックはパキスタンやアラブにもあるし、クメール・ルージュの兵士も赤白チェックのスカーフを制服のようにしていたから、カンボジア人にとっては特別な柄でした。」

中村「当時はクロマーに注目する動きがほとんどなくて、『それなら自分たちでオリジナルを作ろう』と決めました。扱いやすさとデザイン性を両立させれば、現地の女性たちの仕事になり、日本でも手に取ってもらえる。そこから新しい挑戦が始まった、というわけです。」

輝く子供 = ポンナレット、ブランド名の由来

須長「『ポンナレット』というブランド名は、どのように生まれたのですか?」

江波戸「ちょうど2000年ごろ、ブランド名を考えていたときに、難民として日本に来ていたカンボジア人女性のポンナレットさんと出会ったんです。彼女が講演会で内戦時代の体験を語っていて……その名前の響きがとても良くて由来を尋ねたら、カンボジア語の“ポンナリア”――『輝く子ども』という意味だと教えてくれました。子どもたちの未来が輝くようにという私たちの願いとも重なったので、『ぜひブランド名に使わせてください』とお願いし、そこから『ポンナレット』に決めました。」

江波戸「私と同じ世代の人たちが内戦で命を落とし、故郷を追われていた――彼女の話を聞いて、日本で平和に暮らしていた私はその現実をほとんど理解していなかったことに気づかされ、当時を振り返っても複雑な思いですね。」

オーダー方法――“現場で糸を見ながらデザインを再調整”

須長「実際にオーダーするとき、どこまで指定するんですか?細かいデザインまで決めるんでしょうか?」

中村「はい、日本でデザインを描いて向こうに送るところまではやるんです。でもカンボジアに行かないと分からない『糸の有無』が大きくて、行ってみたら『その色の糸がないから変更する』ということも多いんですよ。」

中村「同じ経糸でも、緯糸を変えれば全然違う雰囲気になります。水彩画みたいに少しずつ色を重ねたり。日本なら『欲しい糸は染めればいい』でいいのですが、カンボジアでは市場に売られている『余り糸』を安く仕入れて使うのが基本。毎回、倉庫にある大量の糸の山からお目当てのものを掻き分けて掻き分けて探しているんですよ。太さもバラバラなので、2本取りにしたりもしますね。」

江波戸「現地の工房に1週間、朝9時から夕方5時までこもって、ひたすら糸の山を探しては合わせて……という作業。日本みたいに情報管理されているわけではないので、素材はナイロンなのか、それともコットンなのか、1つずつライターであぶって確認することもあります。」

所有する幸せより、作る幸せ

須長「美しいものを所有するときの幸福感と、美しいものを作ったときの幸福感はどちらが高いか、という慶應大学でも研究されたテーマがあるんですけど、断然、美しいものを作ったときのほうが幸福度が高かったんです。だから、母親たちの現金収入を増やすという支援と、すごく美しいものをつくろうという思いが両方あるのが素晴らしいと思います。『ものづくり』を起点にして、幸せが広がっていると感じます。」

江波戸「『幸せな心』で織られた布には、工房の明るい空気がそのまま映ります。織り手たちは笑顔で鼻歌を歌いながら機を踏んでいて、見ているだけで楽しいんですよ。そんな雰囲気のなかで生まれたクロマーだからこそ特別なんです。布に温かさが宿るし、売り上げは織り手の収入になり、子どもを学校に通わせる費用にもなる。続けるうちに信頼関係も深まり、少しずつ成果が見えてきました。」

現地の様子

須長「作り手自身が『美しい』と思えることが大切ですよね。限られた環境で工夫しながら、少しでも美しいものを作ろうとする姿勢が周りにも伝わっている気がします。」

中村「糸が足りなければ、手元にある糸を組み合わせて『じゃあ、こう変えてみよう』と柔軟に作り直します。その即興性が面白いし、大量生産には向かなくても、今の時代には合ったやり方だと思います。」

ビジネスとフェアトレード

江波戸「正直に言うと、大きな利益が出るビジネスではありません。カンボジアは米ドル建て取引ですし、円安もあってコストが上がり続けています。それでも販売価格を大幅に上げるのは難しいんです。」

江波戸「だからこそ、フェアトレードの考え方を重視し、特にお金については前払いしたりして、信頼してもらえる環境を目指してきました。織り手のお母さんたちが安定した収入を得られれば、子どもを学校に通わせられます。人身売買やストリートチルドレンも確実に減っていきています。物乞いをする子どもたちも少なくなりました。」

ポンナレットが紡いできたもの

江波戸「カンボジア全体も成長しています。暮らす環境や働く環境がよくなっている要因は色々あると思いますが、自分たちもその一助になれたと思っています。織り手たちが笑顔で機を踏んでいる――その姿が続くことが、何より大切だと考えています。」

広がる協働と次世代へのバトン

中村「ここ3〜4年、カンボジアで手編みカゴをつくるブランド『moiliy』さんと交流しています。彼らの村を訪ねたり、展示会でクロマーを一緒に紹介してもらったりと、コラボの可能性がどんどん見えてきました。」

江波戸「私たちは長く工房を支えてきましたが、最終的には現地のメンバーが自立運営できるのが理想です。最近は『糸がないから作れません』で終わらず、代案を考えられる織り手が増えてきたのが頼もしいですね。市場には私たちのデザインを真似したような布も出回っていますが、仕上げの質で差別化できれば健全な競争になると思っています。」

中村「一緒に色合わせをするうちに、織り手さん自身が『この赤がいい』『5ミリのラインの差が大事』とこだわるようになりました。以前は『赤なら何でも同じでしょ』だったのが、『この配色のほうがきれいかも』と目が育ってきたんです。そういう変化を見るのは本当に面白いし、嬉しいですね。」

江波戸「『moiliy』さんや在日カンボジア人の方々とも連携しながら、クロマーや手編みカゴの魅力をもっと多くの人に届けたい。国内のカンボジアの人ととも何らか関わりながら、現地の人によって工房が成り立っていってほしい。私たちが築いてきたものを、次の世代にうまく引き継げたらうれしいですね。」

江波戸 玲子

「PONNALET」主宰。ラオスやカンボジアなど、メコンの国の手織り布からオリジナルの着尺、帯、小物を制作。葉山のアトリエ「PONNALET 葉山の家」を中心に、日本全国のギャラリーやイベントにて展示販売。着付け教室「風雅会」を不定期開催。

中村 夏美
テキスタイル・ディレクター

「textile n+」主宰。武蔵野美術大学に在籍中、自らの興味のアンテナを追いかけ、染織を学ぶ。2007年からPONNALETのプロジェクトに参画し、カンボジアやラオスへも同行。江波戸玲子が描く抽象的なイメージを、具体的な糸の構成や配色へと落とし込む、”織りの設計者”のような存在。

須長 檀
デザイナー・クリエイティブディレクター

1975年スウェーデン生まれ。家具作りを学ぶためにスウェーデン・ヨーテボリの大学に留学。卒業後さらにストックホルムにある王立美術大学「KONSTFACK大学院家具デザイン科」に進学。在学中からデザイナーとして活動をはじめ、大学院を卒業後はスウェーデンの小さな港町ヨーテボリに「SUNAGA DESIGN STUDIO(スナガ デザイン スタジオ)」を設立。

店名 : lagom
TEL : 090-4642-3930
営業時間 : 10:00~17:00
定休日 : 水曜日(冬季は水曜日、木曜日)
ペットの入店 : 抱っこもしくはカートで入店可