lagom

畑から糸へ、草木から色へ— ヒマラヤ山麓・真木テキスタイルのものづくり

lagom

作家やデザイナーが喜びを感じながら創った美しい「もの」には、作り手の喜びが染み込み、使い手へその喜びを共感させる幸せな力があると思います。このインタビュー企画では、作り手が感じた創作の喜びを聞かせてもらい、使い手の皆さんに喜びに満ちた美しさを感じていただければと思います。

本企画「アートと福祉と地域」第4回のゲストは、真木テキスタイルスタジオの会長兼用務員の田中ぱるばさん。今回は少し趣向を変えて、 福祉中心というよりは、ぱるばさんたちの手触りのある“ものづくり”についてお話しいただきました。「美しいものを作りたい、その思いが工房を形づくってきました」とぱるばさんは語ります。自分たちがものづくりを続けるなかで、暮らしや働く場が少しずつ整っていく――その穏やかな連鎖を、ヒマラヤの麓の工房の日々から辿ります。

語り手:真木テキスタイルスタジオ 会長兼用務員:田中ぱるばさん

ヒマラヤ山麓に息づく場づくり

工房はデリーから北、聖地リシケシュの近郊、標高はおよそ650mです。五角形の敷地に L 字の工房棟が四つ、染場、ギャラリー、居住棟が点在します。設計はスタジオ・ムンバイのビジョイ・ジェイン。完成から十数年、植えた木々が育って真昼の強い日差しをやわらげ、風と影が行き交う中庭になりました。

最初に決めたことは二つ。毎朝みんなで掃除をして清潔を保つこと、そして手を動かす音が聞こえる“静けさ”を守ること。金属音が響く機械の大音量ではなく、人と道具のリズムが布づくりの基調になります。「清潔と静けさは、良い仕事の下地になる」と考えています。

畑から糸へ――手で「績む」ことから始める

布づくりは、素材→糸→織り→縫製、そして各段階に染めが関わります。私たちの特徴は、可能な範囲を自分たちの手で確かめ直していることです。

植物繊維では、芭蕉や苧麻を育て、繊維を取り出して糸にします。芭蕉は灰汁で炊き、竹の道具で維管束から不要な部分をそぎ落とします。そうして取り出した繊維は、両手を拡げたくらいの長さです。その繊維を細かく裂き、結び目が目立たないように機結び(はたむすび)でつなぎます。「績む(うむ)」と呼ばれるその作業により、一本の糸にしていきます。

蚕は家蚕だけでなく、インドで古くから使われる野蚕(タッサー、ムガなど)も用います。野蚕は繊維の断面に微細な空隙を含み、軽さや柔らかな金属光沢が出やすいのが特徴です。タッサーの出殻繭からは膝上で撚りをかける素朴な紡ぎ糸がとれ、繭の起点部からの“ナーシ糸”は天然色が深く、布の表情に奥行きを与えてくれます。

「糸は“材料”というより、それぞれに性格があります。どの性格を、どこで生かすかを考えるのがいちばん楽しい」。地味な作業の積み重ねですが、出来上がる布の表情はこうした選択の連なりで決まっていきます。

草木の色を重ねる――藍建てと夜香木の落花染め

染めは微生物と時間の仕事です。工房では畑で育てた藍をいったん泥藍にし、灰汁でアルカリ性を保ちながら“藍建て”を行います。蜂蜜や酒を少量与え、毎日pHや発酵の具合を確かめる。うまく進んだ槽の液は黄土色に澄み、布を浸して引き上げ、空気に触れさせると青が現れます。立ち上がりに苦戦した時期もありましたが、藍建ての空間に菌が根づいてからは安定して染められるようになりました――藍には“愛”が必要だということです。

もうひとつの柱が、インド夜香木の“落花染め”。夜に咲き、朝に落ちる花弁から黄色の色素をいただく方法で、植物を傷つけずに鮮やかな黄が得られます。乾燥させておけば通年で使え、黄に藍を重ねると、草木染めでは一度では出しづらい緑が生まれます。

静かなリズムから生まれる美しい布

経糸はストール1枚で800〜1000本です。一本ずつ見定めて綜絖に通し、杼で緯糸を運びます。足元のペダルや糸の擦れる音が重なり、工房には静かなリズムが流れます。

私たちの制作の核は、頭で“自己表現”を積み上げることではなく、自分が消えた瞬間”に織った布が一番美しかった――その実感を手がかりに、工程と環境を整えてきました。

縫製は第3工房で、日本のパタンナーやデザイナーの助力も得ながら、日常にすっと馴染む形へ仕立てます。雇用は歩合制ではなく固定給で、1日の労働時間は8時間半です。市場の速度に合わせるよりも手工程のペースを優先して進めてきました。もともと福祉を掲げて始めたわけではありませんが、良いものを丁寧に作ろうとする過程で、働き方も自然に整っていったというのが現在の実感です。

ヒマラヤの麓で整えた畑と工房、藍の槽、夜香木の庭。そこから糸と色が少しずつ積み重なり、やがて一本のストールや一枚の布になります。毎日の手順と静けさを信じて積み重ねること。私たちがものづくりを続けるなかで生まれた速度や呼吸が、そのまま布の表情になっていく――今回は、その過程をできるだけそのままお伝えしました。文章では触れられない質感もあります。実物に手を触れて、糸の揺らぎや色の奥行きを確かめていただけたらうれしいです。

店名 : lagom
TEL : 090-4642-3930
営業時間 : 10:00~17:00
定休日 : 水曜日(冬季は水曜日、木曜日)
ペットの入店 : 抱っこもしくはカートで入店可